生体実験

50

「きえええーっ!」

いきなり飛び込んできた汚らしい浮浪者の女に教室内は騒然となった。

「きゃああ!」

「なんだ、お前は!」

その教室で数学の授業をしていた男性教師が叫んだ。麻衣は脳内コンピューターの指令どおり、一番前の席に座っていた女子児童につかみ掛かる。

「いやあーっ!」

「やめろ!」

男性教師はたまたま手に持っていた教師用の1メートルほどの長さの三角定規を振りかざすと、とっさに、麻衣の頭を思い切り殴りつけた。定規の角がもろに麻衣の頭を直撃し、額が割れて血が流れ、麻衣は女子児童から手を離した。

「みんな、後ろの扉から逃げるんだ!」

麻衣がひるんだ隙に、教師が合図した。恐怖に体が固まっていた児童たちは一斉に椅子から立ち上がり、後ろの扉の方へ逃げ出す。そこへ、髪を振り乱した麻衣が追いすがった。

「助けてええ!」

「殺されるう!」

追い詰められて必死になった男子児童達が、手近にあった椅子や机を持ち上げて、手当たり次第に麻衣に投げ始めた。さすがの麻衣も十数人の児童に一斉に物を投げつけられ、両腕で頭をかばってその場にうずくまってしまう。

その時、コンピューター支配の時間が終わり、麻衣の意識に体のコントロールが戻って来た。

「いやっ!あ、あたしがやってるんじゃないのよ。あたし、こんなことしたくないのに・・・」

麻衣はその場にうずくまったまま泣き出した。

「何言ってるんだ、お前がやったんじゃないか。頭おかしいのか!」

男性教師はどなった。よく見ると乱入者は、小柄で華奢な娘である。凶器のようなものは、何も持っていない。

「こいつ弱っちいぞ。やっちまえ!」

急に弱気になった麻衣に対して、男子児童達はここぞとばかりに取り囲み、容赦なく麻衣の体を椅子や、掃除道具を持ちだして滅多打ちにした。やがて、騒ぎを聞きつけて職員室から飛んできた、数人の男性教師達に麻衣は取り押さえられた。

麻衣は学校側から通報を受けて駆けつけてきた警察官に引き渡された。警察署に連行された麻衣はまず、住所氏名などを尋問されたが、自分の身元を明かして誰かに助けを求めることを、脳内コンピューターによって禁止されている。結局、なんとしても助けを求めたいという自らの意思に反して、麻衣は自分の言葉を一言も喋ることが出来なかった。代わりにひどい悪態をつき始めた。

「あたしの名前を聞いて、口説こうとでも思ってんじゃないの!その顔で、ふざけんじゃないわよ。あたしのオマンコでもしゃぶりやがれ!」

尋問に当たった刑事は逆上した。

「なんだと!警察をなめてるのか!え!それとも、本当に頭がイカレちまっているのか?」

刑事は、机をこぶしでドンと叩くと、怒鳴りつけた。最近こういった学校への乱入事件が多く、警察もナーバスになっているのだ。一緒に尋問に当たっていたもう一人の刑事が落ち着いた口調で指摘した。

「容疑者の着ている服はよく見ると、学校の制服のようです。ほら、ここに学校の校章がプリントされています」

「よし、じゃあ、その線から学校を割り出して、行方不明になっている生徒がいないかどうか調べてくれ」

「わかりました」

いくら尋問されても悪態をつくばかりの麻衣に、刑事はあきらめて留置場に放り込こんだ。留置場内で麻衣はスカートをまくって、ノーパンの大股を広げると、オナニーしながら看守に呼びかけた。

「ねえ、そこの看守さん。あたしのオマンコ見せてあげるからこっちにおいでよ」

全て脳内コンピューターの指示である。看守の警官は留置場の中を覗き込んだが、黒ずんだボロボロの制服と、埃と垢にまみれた麻衣の剥き出しの下半身を見ても性欲はおこらず、ペッと唾を吐きかけただけだった。3日後、麻衣の着ていた制服の校章が聖愛女学院のものだと判明し、行方不明になっている女子高生5人のうちの、人相風体から3年A組の矢萩麻衣だと特定された。麻衣は行方不明になっている他の4人の女子高生の行方についても厳しく尋問されたが、脳内コンピューターのせいで何も答えることは出来なかった。やがて、警察に呼ばれた麻衣の両親が面会にやってきた。

麻衣は半年ぶりに見る両親の姿にうれしさのあまり泣き出しそうになったが、その時、体は完璧に脳内コンピューターに支配されていた。

「てめえら、何しに来やがったんだ。さっさと帰らねえとぶっ殺すぞ!」

取調室で両親と対面した麻衣はいきまいた。コンピューターが喋らせているのだ。麻衣の母親と父親は半年もの間失踪していた娘のあまりの変わりようにショックを受け呆然とした。目の前の、以前は優等生だった娘の姿は、汚い浮浪者と化し、不良のような悪態をついている。

「麻衣ちゃん、一体どうしてしまったの。麻衣ちゃんがいなくなってから、お母さん心配で心配で、夜も眠れなかったわ」

母親は泣いていた。

「うるせえよ!放っといてくれよ。どこで何しようが、あたしの勝手だろ!」

「なんてこと言うんだ、麻衣。さあ、家に帰ろう!刑事さん。娘を連れて帰ってもいいでしょう?」

父親が立ち会っていた担当の刑事に頼んだ。

「それは、駄目です。幸い児童に怪我は無かったのですが、不法侵入罪が適用されます。しかも、精神に異常をきたしている様子なので、監察処分にして、精神病院に入院の手続きを取ろうと考えているのですが」

「そんな、娘は何もしていませんよ」

「うるせえんだよ、てめえら、ゴチャゴチャとよう!あたしのションベンでもひっかけてやろうか!」

麻衣はいきなり立ち上がり、片足を机の上に乗せると、スカートをまくり上げて、ノーパンの下半身を剥き出しにした。そして、机の反対側に座っている両親に向けて放尿を始めた。

「ああ、麻衣ちゃん、なんてこと!」

「やはり、精神病院に送るしかありませんな」

麻衣は精神病院に送られる事となった。移送の日、迎えに来た移送車に両親に付き添われて乗り込もうとした瞬間、両親の手を振り切って麻衣は逃走した。未成年者の軽犯罪だったので手錠はかけられていなかったのだ。

「こら!待たんか!」

「麻衣―っ、どこへ行くんだ!」

「お母さんの所に帰ってきなさーい!」

麻衣は素早く路地に逃げ込み、全力疾走で追いかけてくる警官達をまいていった。脳内コンピューターが最適な逃走経路を計算して麻衣の体に指示したのだ。

(さよなら、お父さん、お母さん。体がどうにもならないの・・・)

勝手に走り続ける体の中で、麻衣の心は泣いていた。麻衣は警察の追跡から逃れるために、ここしばらくの寝床があった橋の下には二度と戻らなかった。町から離れて、ほとぼりがさめるまで山林に身を隠すことにしたのだ。

山林での潜伏生活は町での放浪生活よりさらに、孤独で過酷だった。

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